最近、テレビや本で”漢方”とか”東洋医学”とか”中医学”という言葉を耳にすることが増えてきたと思います。
皆さんは、どのようなイメージをお持ちでしょうか?漢方薬のことかな?とか、鍼を打つことかな?などと漠然としたイメージで、「中医学って何?」「漢方ってなに?」「東洋医学って何?」って質問されたときに、それはこういうものですよって簡単にそして明確に答えられる人はなかなか少ないと思います。
では、伝統中医学は何かといいますと、「中国で昔から言い伝えられてきた医学」みたいなイメージでしょうかね。間違いではないのですが、簡単すぎてすべてを言い表しているわけでもありません。中国の歴史はと言いますと、考古学の専門ではありませんので厳密なところはわかりませんが、実際に遺跡の発掘などにより紀元前17世紀ごろに「殷」という王朝が実在したことがわかっています。もちろんそれ以前にも人が生活していたことはわかっており、これも遺跡などにより紀元前7000年ぐらい前には黄河流域で竪穴式の住居に住み、粟(あわ)などの畑作農業を行って集団で生活していたことがわかっています。当然この頃からすでに、病と闘っていたことも甲骨文字などからわかっており、やがて広い中国でそれぞれの風土や環境に合わせて独特の治療法が生まれるようになります。それは、鍼や灸を用いる治療法は黄河流域で生まれ、主に植物を薬として用いる治療法はもう少し南の長江(揚子江)流域で生まれ、長い歴史を経て次第に統合されてきました。
中国最古の医学書と言われるものに「黄帝内経」(こうていだいけい)と呼ばれる書物があり、これは今でも活用されている伝統中医学の根本であり哲学となっています。
前漢時代(紀元前230年頃)に編纂されたと言われていますが、2200年以上も前のことで今では原本は残っておらず、その後の時代に書き直した物が伝わっています。…と言っても、唐の時代ですから今から1250年ほど前に書き直されたものです。
この黄帝というのは、実は「三皇五帝」と言われる中国の神話伝説上の人で実在したかどうかは今でもまだわかりません。つまり、「黄帝」という伝説の皇帝…というのは、「黄帝内経」が出来上がる以前の長い歴史の過程を統合して、一人の人物に置き換えられているのではないかと考えられています。何千年もの長い歴史に渡って中国人の祖先が培ってきた病気や、病気に対する治療法がようやく2200年ほど前に「黄帝内経」という書物にまとめられたということです。
今から2200年前というと途方もなく遠い昔のようですが、黄河流域での人類の営みは、そのもっと以前の紀元前7000年からですから、今から9000年以上も前からの病気との闘いがあり、その長い歴史に渡っての積み重ねがこの伝統中医学の元になっているのです。
そして、もう一つ「神農本草経」(しんのうほんぞうきょう)という書物があります。こちらは最古の医薬書と言われ、「三皇五帝」の中の一人で農業や医学の神様とされている「神農」が、毎日山を駆け巡りさまざまな植物を実際に食べて、試した薬草をまとめた書物とされていますが、神農もまた伝説上の神様で実在した人ではありません。365種類の薬草が、上品、中品、下品に分類されています。上品は毒性が無くずっと毎日食べても良い(食べた方が良い)養命薬、中品は現代の健康食品のような感じで健康を保つための養性薬、下品は「毒にも薬にもなる」と言われるように効果はあるが副作用もあり、病気の症状などを治療するために服用し、症状が治ったら服用はやめるような治病薬に分類されています。当然神農は毎日山に入って得体の知れない山野草を実際に口に入れて試し続けたので、毒性の植物にあたる場合もあり、その時は「茶」を飲んで解毒したと書かれています。茶には解毒作用があるのですね。
さらにもう一つ古典と呼ばれる書物に「傷寒雑病論」(しょうかんざつびょうろん)という書物があり、こちらは「張仲景」という実在した一人の人物がまとめたもので傷寒というインフルエンザのような感染症とそれ以外の病気を雑病として著した書物とされています。
(※とにかく長い歴史ゆえに消失したものなどもあり諸説ある部分もあります)
この3つの書物に書かれてあることを基礎理論として、病因病機を明らかにし、その症状をどのようにすれば治癒できるか…つまりなぜ病気になり、どのように治療すれば、元通り元気なカラダに戻るかを理論立てられてあるものが伝統中医学です。つまり、病気になるにも理論や理屈があり、その原因や病気(発症)になったきっかけがあって、どんな人にもだいたい同じようなことが原因で同じような症状が起こり、同じ方法で治療することで同じように症状を改善することが出来る…ということです。
現在、WHO(世界保健機関)が正式に医学と認めているのは、現代医学(西洋医学)と伝統中医学とされています。世界のあらゆる地域・民族に先祖から伝わる(おばぁちゃんの知恵みたいな)治療法などがありますが、正式に医学と認められているのは現代医学(西洋医学)と伝統中医学だけなのです。
その理由は、
1.基礎理論があること
2.どの地域・人種の人にも有効なこと
3.現代人、現代病にも効果があり、その臨床データ(エビデンス)があること
が理由とされています。
とは言え、現代医学と伝統中医学は、まったく違う理論(考え方)でココロも含めた人のカラダを認識しています。中医学では、カラダを陰陽に分類し、その陰陽が調和がとれている状態を健康な状態(陰平陽秘)と考え、その陰陽が調和を失いバランスが乱れた状態(陰陽失調)を不健康な状態と考えます。
そしてまた、正常に生命活動を維持するためには気・血・津液(水)・熱という生命エネルギーが過不足することなく、常に全身を巡っていることが必要条件と考えます。気・血・津液・熱に過不足が起こったり、巡りが滞ると不健康になると考えるのです。陰陽のバランスが乱れたり、気・血・津液に過不足や循環が停滞するとまず「未病」と呼ぶ不健康状態になり、ココロやカラダにさまざまな症状が起こり、それがひどくなると病気になると考えます。
中医学では、望・聞・問・切と呼ばれる四つの診察法を用いて、陰陽の調和や気・血・津液の過不足または停滞などを診察し、何がどのような異常状態にあるかを診断して、この未病や病気といった不健康状態を、中葯(日本では漢方薬)、鍼灸、推拿、薬膳、気功などを用いて(どの治療法を組み合わせてどのように治療するかと言った治療法全体を組み立てて)陰陽を調和させ、気・血・津液の過不足を補瀉したり詰まりを取り除いて巡りを調え、元通りの健康な状態に戻します。この診察から治療法までを決定して、実際に治療を行うことを「弁証論治」と言い、この弁証論治こそが中医学の神髄です。つまり弁証論治の無い物は中医学とは言えないと言っても過言ではありません。
納豆や生姜、ゴマなど、身体に良いと言われている食べ物がたくさんありますが、それは、今現在の貴女のカラダに必要かどうか? 未病や病気の起こっている陰陽のアンバランスや気・血・津液の状態を調えるのに必要かどうかは別のことです。納豆や生姜を食べた方が良い人もいるし食べると余計に体調が悪くなる人がいます。たとえ水でさえ飲んだ方が良い人(今現在の体質)と飲まない方が良い人がいるのです。一般的にゴマや梅干しなども食べた方が良いと言われていますが、今現在の貴女にとってそれが必要かどうかは別なのです。
今現在の体質をチェックして、陰陽の不調和や気・血・津液の過不足や停滞を把握して、今の不健康な状態になっている原因を分かったうえで、それを元通り健康な状態に調整してくれる漢方薬を飲んだり、ツボを選んで鍼灸や推拿をすることが中医学なのです。同様に、今の不健康な状態になっている原因を把握し、それを元通り健康な状態に調整してくれる食べ物を選んで食べることを「薬膳」と言うのです。
しかし、漢方薬を処方したり鍼や灸をして病気を治療するためには、難しい理論を勉強したり技術をマスターする必要があります。そのような難しい理論や技術のマスターは専門家の先生にお任せして、中医学にはその前に養生法という病気にならない方法や未病と呼ばれるちょっとした不健康状態からひどい病気にならないようにする予防法があります。
普段適当なものを食べ、適当な暮らしをして、病気になったら現代医学の病院に行ってお医者さんに身を任せるのではなく、普段から中医学の考え方を実生活に取り入れて、自分自身で病気にならないための養生法を実践して、より健やかに暮らすことが可能です。
中医学では最も基本的な考え方として「天人合一」と呼ばれる考え方があります。自然界はすべて同じ道理で巡っています。太陽は東から昇って明るくなり、西に沈んで暗くなります。春夏秋冬は常に同じ順番で巡ります。そして動物も植物も同じ自然界の一員として、その影響を受けて日々過ごしています。春には春の食べ物、夏には夏の食べ物があり、動物たちは自然とその季節の旬のものを食べて生きています。
私たち人間だけが、年がら年中”焼肉”や”ハンバーグ”、”ラーメン”など同じものを食べて過ごしています。そりゃぁ病気になりますねって感じですね。